【仮想通貨】Zaif運用開始から10日目の実績報告

しっかり赤字です。
Zaifの積立投資運用10日目の結果。
この先、どうなるのかなんて全くわかりません。ただブロックチェーン技術に未来があると思うので、仮想通貨にベットすることは間違えていないと思っている。というか信じて投資している。
最近は財布に小銭をしのばせていることさえも邪魔になってきたし、コンビニの支払いに小銭を出す行為も邪魔だ。仮想通貨はセキュリティの是非が問われているわけだが、キャッシュレスの時代に突入している現状を考えると、とても可能性を感じることもある。
ただビットコインではまだまだ支払い出来る先が限定されているので、とりあえずキャッシュレス生活への一歩として、手持ちのクレジットカードをApple Payに設定してみた。
コンビニやレストランでの支払いはiDによって行うことになるわけだが、これが超絶便利なので感銘している。
①財布が不要
②Apple Payの起動も不要(Iphoneを設置端末にかざすのみ)
③僕の行動範囲であればほとんど利用可能(コンビニ、ファストフード、本屋)
いっそのこと定期券もsuicaに替えて、Apple Payを設定したいところだが、いかんせん僕の通勤経路にJRは存在しない。ゆえにPASMOでしか定期券を購入することができない。これはいかん。
現時点でPASMOはモバイルPASMO化の商標登録は行っている。しかしモバイル化の計画自体は白紙みたいなので、JR使用経路に変更するか、転勤するかしなければ当面Apple Payを利用することはできなさそうだ。
最近仕事もマンネリ化してきているから、手ぶら生活に向けていっそのこと転勤もありなのかもしれない・・。
そして僕は今日も仕事の合間にビットコインの値動きをチラ見している。積立投資だから、目先の大きな利益は期待できないが、少しでも利益が出ていれば嬉しいし、モチベーションが上がる。モチベーションが上がると仕事も私生活にもリズムが出る。
もちろんその逆もしかり、なのだが。。
埼玉県某所のすき家で事件は起こった

「すき家の牛丼食べたい!」
娘たちはここ最近、休日になるとだいたいこれだ。
すき家がクレヨンしんちゃんのスポンサーになっていて、あのキャッチ―のフレーズ「すき家の牛丼♪」を覚えてしまった娘たちの猛攻にあっている。
すき家の牛丼なんか食べるよりもっと良いお肉を食べようよ、と言いたいところだが、予算的にもメリットがあって、サクッと食べることができるファストフードはそれなりに便利だからついつい行ってしまう。
その意味で我が家は完全にすき家の術中にはまっていると言ってもいいだろう。
お父さんは平日も時間がない時はだいたいすき家だよ、やめておこうよ、とはならないのが親心というものかどうかは知りませんが、娘たちのリクエストに答えるかたちで昨日訪れた埼玉県某所のすき家で前代未聞の事件が勃発したのです。
荒れた店内
昼時ということもあり、店内は万席状態。たまたま空いていた奥の席に座るも床は水浸し。
おそらくは前の客がこぼしたお水を清掃できていないのだろう、一つ前の席に座る家族連れのテーブルには前の客の食器がそのまま残してあるし。
このあと勃発する前代未聞の事態を考えると、この時点で退散するべきだったのかもしれない。
機能停止
メニューも決まり、呼び出しボタンを押す。1回、2回、3回・・。4回目を押しても誰もこない。更に5回、6回と押し続けたころでいい加減我慢も限界に達した。
「すいません!注文いいですか!というか水も出てきてないよ!」
僕の呼びかけに反応したのかどうかはわかりませんが、ようやく「すいません、お待たせしました」と出てきたのは無愛想な大学生風情の青年。
人通り注文したあとに大学生風情に再度水を催促。
水を運んできたのは不機嫌な外人の店員。
だけど運ばれてきたのはお水ではなく麦茶・・。
ふと厨房を覗くと店内から回収された水さしは全て空っぽだった。
水の準備も追いついていない。というか、店員さんが厨房に1人しかいない。カウンターはさきほどの無愛想な大学生と不機嫌な外人の2人だけ。
店内にはざっと30人くらいの客がいて、埼玉県某所のすき家は完全に店としての機能を失っていた。
カレーが食べたいのに・・
おなかすいたねぇ~、カレーまだかなぁ~
子どもたちは純粋にカレーが食べたいだけなのに、20分も待たされることになろうとは。しかも、先にでてきたのは僕と妻の分。少しでも気の使えるお店であれば、間違いなく子どもの分からだしてくるだろうに。それをすき家に期待しても無駄か。。
そして、ようやく運び出されてきたお子様カレーセットには、なんとスプーンではなくフォークがセットされていたのだ。
いやいやいや、さすがにこれはないよね、きつい冗談ですよね、とさきほどの不機嫌な外人さんに問いただしてみた。
「これフォークですよ。間違えていると思うのでスプーンにもってきてくれませんか?」
かなり丁寧だ。いや、超絶丁寧だ。ここまでの展開を考えると本当ならブチ切れてもいいところだが、遠い異国で大変なこともあるだろう、と無駄に親身になったりしてしまったのが次にでてきた一言を聞いた瞬間に完全な間違いだったことを思い知らされることになる。
「スプーンは全部洗ってしまってないんです。フォークでお食べください。」
!?
今何て言った?カレーをフォークで食えと言ったのか!?その口がフォークで食えと言ったのか!?
スプーンが洗っていないことは百歩譲って許せたとしても、フォークで食えはさすがになしだろ!
冗談、なんだろ・・?しかも何故か半笑いだったし・・。
この衝撃的な展開にさすがに言葉が見つからなかった。何を言ってよいかわからず、次の行動を模索するのにしばし放心した。
そもそもだ。カレーをフォークで食べることなど大人でも無理だ。それを理解していないのか。いや、待てよ。彼女はもしかしたらインド人なのかもしれない。だから最悪は手で食べればいいじゃん、という感覚なのか。最低限そうであってほしいと願った。そうでなければ僕の怒りはやり場を失ってしまうではないか。。
そして次の瞬間僕は厨房に入りこんで大きな声でこう言った。
「スプーンをふたつ持ってこい!」
さすがに厨房のおっさんはビビったようで、スプーンはすぐに出てきたんだけど、お子様用のそれではなく、大人のスプーンでもない、大きなプラスティックのスプーンだった。。
日本の未来の縮図はすき家にあるのかもしれない
子どもたちはすき家のカレーライスを食べることができてご満悦のご様子。帰りの車中、10分もしない間に眠りに入ってしまった。
僕は静まりかえった車内で思った。
これはきっと未来の日本が抱える人材不足問題の氷山の一角なんだと。
昨日訪れた埼玉某所のすき家は、ただただ単純にバイトが欠員しただけなのかもしれない。しかし、日本の将来は人材不足にあえぐことは必至だし、この手のファストフードやコンビニ、ショップ店員などは機械化されるか国際化されるか二択を迫られることになるのだろう。
僕は日本の未来を、カレーライスをフォークで食えと言ってのけた外国人に垣間見たのであった。そして最後まで外しまくった埼玉県某所のすき家に僕は称賛を贈りたい。
こんなにもネタを提供してくれたんだから。
分別を捨てた先にあるモノ

分別とは。
道理をよくわきまえていること。また、物事の善悪・損得などをよく考えること。「
分別 のないことを言う」「よく分別 して態度を決める」
大人になると分別がつきすぎて良くない。やってもいないことをやった風に、もしくはやってもこうだろう、と勝手に予測してトライしなくなってしまう。
だけど、実際にやってみると案外イージーだったり、楽しかったりするから思いついたことは実践してみるべきだと僕は思う。
僕は毎日走っている。それでもやっぱり毎日同じ道を走っていると飽きてしまうものだ。だから今朝は愛車SUBARU XVに乗って少し離れた航空公園まで出向いて走ろうと計画してみた。ここで分別の登場となる。
まず走ることについて。この行為は近所であってもどこであっても同じなのだから、近くを走った方が効率的だと頭をよぎる。
それから航空公園を往復する時間について。片道30分、往復1時間。これだけの時間がもったいないと考えてしまう。ガソリンも使うしな、とみみっちい思考も頭をよぎる。
最後にシャワーだ。公園で走った場合、汗をかいたあと、すぐにシャワーを浴びることができない。その不快さが嫌だなと頭をよぎる。
結局、非効率を嫌うあまり、近所を走ることを選択してしまうのが大人のムダな分別ってものだ。
だから。僕は今朝、あえてこの分別を捨てて愛車に乗り込んでみた。そして分別を捨てた先にあった答えは実に清々しく、新鮮なものだった。
①日曜日の早朝はクルマがほとんど走っていない。だから普段は30分かかる航空公園までの道のりも15分で着くことができた。信号だってほぼノンストップだ。絶対的な爽快感。
②日曜日早朝の航空公園は意識の高いランナーがたくさんいた。これは自身のモチベーションを上げる意味で大変刺激的で効果的。
③走り終えたあと、芝生に寝転んで空を見上げることができた。これはいつもの街中ランニングでは味合うことができない。
④気球に出会えた。なんか嬉しい。
総じて爽快感ばかりを享受できたということになる。分別を捨てた先には普通に生活しているだけの日常では味合うことがないできない何かがあることを知った。
大人になるとワクワクすることや、本当はやってみたいことなどを何かと理由をつけてあきらめてしまうことが多くなる。
だけどそれではダメだと思った。もっと僕自身がワクワクしなければいけない。だって家族の人生でもある前に、僕の人生でもあるわけだから。
分別を一つ捨てることができれば、何か新しい感情が見つかる。その感情を大切にしたら、また新しいことがやりたくなる。きっとそれを続けていくことで人生それ自体が輝きだすのかもしれない。
僕は今日、いつもと違う道を走る楽しさを覚えた。きっと次も新しい道を走り、また新しい発見をするのかもしれない。
もしかしたら気球に乗ることにはまって、日本全国気球の旅をしてみたい!とか言い出すのかもしれない。
分別はさっさと捨ててSUBARU XVで飛び出そう。
そして感情、直感を優先して行動していくようにしよう。
人生は24時間営業のスーパーが教えてくれる

3月に入ってからは毎日続けている朝ランも、出社時間に縛られない休日は7時台に走ることが多い。
しかし、7時台にもなると僕以外の全員が起きており、無駄な神経を使わなくてはいけないことも多くなる。
例えば今朝のこと。
「どうせ走るんでしょ。だったらこれお願い。」と渡された保育園登園許可書の原本。
「こんな紙もって走れないだろ?」
「え?だっていつもなにか背負って走ってるじゃん」
ちっ。見てないようで見てやがる。
僕はトレイルランニングが好きだから、山を走ることをイメージしていつもトレラン用のザックを背負って走ることにしているのである。それを普段は起きもしない彼女はしっかりと知っていたというわけだ。
↓参考記事
「走りついでにどこかのコンビニでコピーしてきてよ。」
「・・・。」
しようがない。無駄に争うのも体力消耗するだけだからここは紳士に請け負ってやるとする。
そして走り出すこと30分、5kmを過ぎたあたりで24時間営業のスーパー発見。おお、こんな近所にコンビニ以外に24時間営業のお店が存在しているとは。人材不足にあえぐコンビニ業界をしり目に、しっかりとした若者が数名レジまわりと陳列作業をしているではないか。
僕は早速聞いてみる。
「コピー機ありますか?」
「入口入って左にありますよ。」
受け答えさえもコンビニ店員よりしっかりしている。
こんな好青年一人いるだけで、またここに来よう、と思えるんだから人間力って大事だなと改めて思いなおした。
それではコピー。彼女に頼まれた登園許可書を5部コピーするために投入した100円玉。5枚のコピーが終わり、おつりボタンを押す僕。
チャリン、チャリン、チャリン・・
ちっ。10円玉かよ。と子どもの手しか入らないようなお釣り口に手を突っ込み、小銭を掻き出す。
ん?
んん?
5枚以上はある。というか、50円玉1枚と10円玉6枚と5円玉2枚(?)の合計9枚も出てきた。なぜに5円玉が戻ってくるのかは不明だが、無意味に倍返しを頂いた。
前に使った人が取り忘れたのかな、とも考えたが、明らかにチャリンチャリンを何回も聞いたから、機械の誤作動なのかもしれない。
僕はこの9枚の小銭を持って、お店に返すこともなく再び走り出した。たかだが数十円を返された店側も面倒だろうし、少額ではあっても若干のラッキー感を感じてしまっていたから。ひたすらに小粒な僕。
こんなところでラッキーを得てばかりいるから、大きなチャンスをつかむことなく、かと言って大きなばばを引くこともない、それはそれは平たんな人生を歩んできてしまったのではないだろうか。そんなことを感じた土曜の朝。
僕の家にはビニール傘が増えていく

僕は傘が嫌いです。嫌いと表現してしまうとどこか刺々しいのですが、単純に持ち歩きするのが面倒くさいだけのこと。
ぱらぱら雨がちらついた途端に傘を開きだす日本の風習(?)も嫌い。だって単純に歩きにくくなるから。
そんな時、僕は決まって「この程度の雨でいちいち傘さすなよ」と心の中でディスりながら歩いている。
ぱらぱら雨で傘をさす奴に限って無駄に自意識過剰な奴だと勝手に決め込んでいる。
イギリス人はぱらぱら雨程度ではほとんど傘をさすことはない。1年中曇り空に包まれた英国ではしょちゅう雨が降る。そしてすぐにやむ。そんな天候の下に住む彼らは、いちいち傘をさすような繊細な人種でもないから、フード付きのジャケットやパーカーを着ていることが多い。
イギリスに住んでいたことのある僕は彼らのマインドが大好きで、今でも休日はパーカーばかり着ているし、通勤時もウインドブレーカーを羽織っている。雨が降ったらフードをさっとかぶりさえすればいいわけだし、なんと言ってもその身軽さが好きだから。
だから今朝、通勤途中にぱらぱら雨が降り出した時、自意識過剰な彼らが傘をさしだすその前に僕はさっとフードをかぶったんだけど、それでもやっぱり歩きにくさにはイライラしながら出社した。
そして今、午後になった。Yahooの号外ニュースで宮沢りえと森田剛の結婚報道が飛び込んだあたりには天気予報は土砂降りを伝えていた。
いくらフード付きジャケットを持ち合わせていても土砂降りにはやっぱり勝てないから、今日は僕の敗北だ。自意識過剰な彼らに敗北を認め、潔く傘を買って帰ろう。
あぁ、また一つ、僕の家にはビニール傘が増えていく。
僕たちは子どもの「今やって」を無視してはいけない

僕には5歳と3歳になるふたりの女の子がいる。言葉も覚えはじめ、やりたいことも明確になりだしている彼女たちに対して「ちょっと待って」をいっさい通用しない。僕がトイレに入っている時だって、お風呂に入っている時だって、「おとう、○○やってぇ~」とせがんでくる。大人にとってはどうしようもない些細なことでも、彼女たちにとってはとても大事なことであり、今、その瞬間に解決したい事案のひとつということに他ならない。
しかし大人はこう言ってしまうのである。
「ちょっと待っててね。これ終わったらやってあげるから。」と。
僕は、このちょっと「待っててね」を極力言わない努力をしている。
一つには彼女たちにとって一分一秒を争う大事なことを、ないがしろにしてしまうと、単純に彼女たちが失望してしまうから。
それがたとえスライスチーズのビニールカバーを剥がすことだったり、すき家のお子様セットのおもちゃを探すことであったりしても最優先で対応することを心がけている。
もう一つの理由は自分自身が「今やる癖」を身につけたいから。
物事の優先順位をつけることなく、目の前のことにすぐに着手し、こなしていく癖を徹底的に身につけていきたいから。子どもたちの「今やって」に先送りは存在しない。「今」ではなくてはダメなのだ。これはビジネスの世界に通じるひとつの真理だと思っている。
僕には数人の部下がいるけど、彼、彼女たちの「ちょっといいですか?」を僕の都合で「あとにして」とは言わないように心がけて実践するようにしている。
なぜって。
だって、彼、彼女たちにとっての「ちょっといいですか?」は、彼、彼女たちにとっては大事なことであり、上司である僕がないがしろにしてしまった先に信頼関係は生まれないから。
もちろん、手とり足とり全ての業務を教えることはないし、手助けすることもない。ただ彼、彼女たちが業務を少しだけ効率よく仕事ができるように手助け程度の助言をするたけだ。それで結果をだしてくれればベストだし、仮に結果を出すことができなくても、経験値を積んでくれればそれでよいと思っている。
今夜もきっと子どもたちの先送りを許さない、あれやって、これやって、のリクエストを浴びることになるだろうけど、疲れたなんて言わずに、疲れた顔も見せずに、粛々と彼女たちの要望に答えてあげたいと思う。
それだけで彼女たちは喜んでくれるわけだし、僕自身の成長にもつながるのだがら。
くたびれた背広と禿げあがった頭の加齢臭たちよ

僕は毎朝5時に起きて走ることにしている。ようやく寒さもやわらいだ3月に入ってからは毎日走っている。
早朝5:30の空気は澄んでいる。こんな澄んだ空気を全身で受けながら走る心地よさは、一度はまったら病みつきになる。
僕はあえて街中、それも街道沿いを走るようにしている。路面の凸凹感とか、急な坂道、陸橋のアップダウンなど、山中を走るトレイルランニングを想定するには街中が適していると思っているから。完全に舗装されているジョギングロードでは、路面の微妙な変化を感じることが出来ない。だからやはりランニングは一般道に限る、と勝手に思い込んでいる。
そんな僕一押しの街中ランニングの最大の難点と言えば、間違いなく信号機になるだろう。流れに乗って走れている時の赤信号ほど興ざめするものはない。しかしそれも早朝パワー、やってはいけないことだが、車も少なく、赤信号もノンストップで走ることができる(ただし警察署の前の信号だけはきちんと止まるようにはしている)から、僕はやっぱり早朝ランが大好きだ。
そんな気分爽快早朝ランだが、見たくない光景もやっぱりある。それが早朝バスを待つ背広姿のおじさんの列。くたびれた背広と禿げあがった頭が並ぶ、加齢臭の列。
早朝5:30である。こんな早い時間からバス停に並んで何が嬉しいのか。だいたい40代~50代の男性、パッと見のその外見からも仕事ができる雰囲気は、一切漂っていない。むしろリストラリストに載っていそうなその風貌をみるたびに、人生って楽しいですか?聞いてみたくさえなる。
僕の家の近辺は駅から2㎞以上離れているから、くたびれ背広の加齢臭たちはバスを使うんだろうけど、そもそもこの程度の距離であれば本数の少ない早朝のバスを待っている間に歩いてしまえば駅に着くと思う。成人男性であれば20分程度で歩くことが可能なはずだ。
だけど、彼らは歩かない。バスを待ちながら携帯でゲームをしているのである。その何も考えずにバスを待ち続けてしまっているその様が完全に終わっているのである。僕ならこうする。まずバス代はきっちり会社から頂く。だけど定期券などは買わず、浮いたお金でチマチマ投資する。
↓参考記事
それから駅まで20分の距離を歩く。歩くことで運動にもなるし、朝の新鮮な空気を吸い、すっきりした脳みそで会社に向かうことができる。そうすることで、気持ちよく一日の業務をスタートすることもできる。まさに一石二鳥だ。
くたびれた背広と禿げあがった頭の加齢臭たちよ、なぜに歩かないのだ。そのバス停で無駄に携帯ゲームで時間を潰すメリットはどこにあるというのだ。
僕ももうすぐ40歳を迎え、彼らと同じ年齢へと一歩近づくことになる。頭髪力だけには抗うことができないから、仮に禿げあがったとしてもオシャレハゲを目指したい。くたびれた背広などには袖を通さず、Pコートの襟をパツンとおっ立てて歩きたい。携帯ゲームに勤しむくらいならビジネス書を読んで一つでも知識を増やしたい。結論だけ言えば何がなんでもダサい親父にはなりたくない、そういうことだ。
僕は明日も早朝の街中を走る。早朝の新鮮な空気と加齢臭を吸い込みながら。
分散投資が流行っているらしいけどしっかり元本割れしている現実がある

どうも、Zaifの積立投資でチマチマとビットコインを買っているお金持ちを夢見るけどお金もちになるほどのマインドを持ち合わせていない僕です。
そんな小物な僕ですが、世の中の流れには人並み以上に敏感で、だけど先見の目はないので時流に若干乗り遅れている感じなのですが、今琴線に触れているのは、世間で流行りの「分散投資」。
確かにね。超低金利のこのご時世に、銀行預金に預けていてもお金はなんの価値も生み出しませんから、余剰資金を投資に回して数%でも儲かるのであればそっちに走りたいと思ってしまいますよね。お給料だって簡単に上がりませんから。
そんな分散投資の波にのって小物の僕が始めたのがZaifの積立投資、それからロボアドバイザー、と呼ばれる新しい運用技術。最近色々なロボアドバイザーが登場しているけど、僕が運用しているのは、WealthNavi(ウェルスナビ)。ウェルスナビを選んだ理由はいたってシンプルで、この一文に魅せられたからに他ならない。
ノーベル賞を受賞したハリー・マーコビッツ氏の「ポートフォリオ理論」などに基づく資産運用です。
内容はいっっっさい理解できませんが、ノーベル賞というわかりやすい売り文句になんとなく引き込まれたことと、イケハヤ氏推奨であったことの2点だけでした。いまだにNISAと言われてもうまく説明できないくらいの知識ですし。。
このウェルスナビは昨年12月に運用を始め、3カ月間の投資総額は12万円。昨日時点での元金は116,428円。そうです、いきなり3カ月目にして早くも元本割れに陥っているのです、ハイ。ウェルスナビの説明によれば、長い目で見れば必ずプラスに転じるらしいので、この元本割れに耐えながら毎月1万円の積立を続けていきたいと思っています。
↓参考記事
そういえば、3日目に突入したZaifの積立投資も元本割れしていたし、ウェルスナビと合わせてダブルパンチ(超小額だが・・)。ま、分散投資なんて数カ月程度運用しただけでは結果に結び付かないよね。でも、小物の僕は、毎日毎日1円でも増えることを願ってやまないわけで、あわよくばビックマネーを掴めるかも!?と淡い期待を寄せまくっている超痛い小物投資家なわけです。それではまた。
1日200円から始めるZaifの積立投資

今をときめく億り人になりたくて、昨今世間を騒がせているZaifに口座申請を行ったのが昨年末のこと。ネットで申請してから待つこと3週間が経過した1月中旬、ようやく口座開設できた。この時点でビットコインに始まるアルトコインは軒並み大暴落、さらにはコインチェック(Coincheck)のNEMの不正流出事件も重なって、仮想通貨に投資するのは阿呆だという世間の論調が主流になりかけていたころだった。
そんな状況だからこそ、僕は早く仮想通貨に投資をしたかった。世の中が仮想通貨に冷ややかであればあるほど、チャンスなのではないかと感じていたから。しかしだ。Zaifの積立投資のシステムに地団駄を踏んだ。Zaifの積立投資のだいたいのシステムはこんな感じなのだ。
①毎月8~10日頃 翌月分の積み立て申し込みと、積み立て金額の設定変更締めきり
②毎月27日 翌月分お客様銀行口座より自動引き落とし
③翌月10日~翌々月9日 上で引き落としした分の積み立てについて、日毎に自動的に買い付け、翌日お客様アカウントに振替
まず第一に1月8日~10日時点で口座開設が出来ていなかった。ゆえに翌月の2月8日~10日に積み立て金額の設定が完了するのを待たなければならなかった。このタイムラグがなかなかどうして歯がゆかった。そして2月27日に僕の銀行口座から設定金額が引き落としされ、翌3月10日に運用が始まる、という気の遠くなる時間を悶々としながら運用開始を待ちに待ち続けた。
結局、昨年12月に口座申請したZaifの積立口座は、3カ月を経た一昨日にようやく運用が始まったというわけだ。
待ったぞ、実に待った。ようやく僕も遅ればせながら億り人へのスタートラインに立ったのだ。そもそも今、今日の時点で億り人などとほざいている時点ですでに仮想通貨の波に乗り遅れている感甚だしいのだが、それでも銀行にお金を眠らせておくより100倍はマシという勝手な思い込みもある。仮想通貨への知識?そんなものは当然ありません。そんなものがあるくらいならわざわざ積み立てなんてやりませんもん。株価のチャートさえ読み込めないのですから、超乱高下する仮想通貨のチャートなんて読めるわけないに決まってます。
でも夢は見るのは自由です。1日200円の投資で浅はかにも夢は見るのです。1日200円、1カ月で6,000円、1年間で72,000円の投資。たった7万円程度であればたとえゼロになっても後悔はありません。もしも2倍になればそれそれで超うれぴーから。
Zaifの積立投資運用2日目の結果。
少しだけ利益出てる。それなりにうれしいちっぽけな僕。